tadashi's blog

私は在野の研究者です。日本語教師をしながら、日本語の「は」「が」の使い分けを解明する理論に至りました。それから、この理論を文法基礎理論として体系化し、また、それらを裏付ける哲学的かつ科学的に裏付けの研究に進みました。

「は」と「が」の交差対立理論の概要⑧ 有標化した場合の含意の文脈依存性

有標化した場合の含意の文脈依存性

 

 ここでは、個別の事例分析に入る前に、交差対立により生じる含意に関する結論を先にまとめて述べておく。最終的には、文の発信者にとって命題内容が新規である場合と、文の受信者にとって命題内容が新規である場合に分けて考えることになる。これは、先行研究には見当たらない枠組みではないだろうか。

 

 主節の主格と述語の間に入る場合の<「は」と「が」の交差対立>による文の有標化によって生じる含意は、「は」でも「が」でも潜在的に多様である。

文の単位では、潜在的な含意可能性を有する、有標化された文の含意は、特定の文脈におかれる限りで、一意的に定まる。裏を返せば、特定文脈の特定の含意表示の必要に応じて、文が有標化されるのである。

 文法理論にできることは、文が有標化している場合、可能な含意の種類を数え上げ、可能な状況や文脈との組み合わせを示すことである。また、文脈条件が合わないにもかかわらず、むやみに有標化すると、その文は端的に有標化機能の誤用となることを示すことである。

 状況・談話文脈によって生じる含意の内容は、命題内容を保存した上に上書きされる。こういった含意は、語用論レベルの意味を含む。

 有標化による含意条件は、文の発信者・受信者にとっての命題内容の情報価値である。厳密には、文の命題内容が担う情報価値は、文の生成段階から受信者に至るまでの情報の経路のどの段階との関連づけによって有標として標付けられているかによって、区別されている。

 個別の含意に関しては、先行研究ですでに局所的な理論的解釈が数多く与えられている。本書で行うのは、それらに関する一般解による、局所解の体系的整理であり、一般解の根拠理論の解明である。

 以上によって、「はとがの使い分け」という課題の最終的解答とすることを意図している。(含意の種類の特定は、項を改める。)

 

 「は」と「が」の交差対立が担う機能は、文内部での形態素の担う機能として見ると、

①主格と述語の結合関係を示し、命題内容を構成すること

②認識様態を示すこと

③文を受信者に向けて発信する時の伝達上の配慮を示すこと

 これらのみっつに関連している。

 日本語の文においては、すでに基底レベルとその一次的派生形式段階で命題内容・認識様態・伝達形式が分かち難く結びついている。形式論理学の形成途上で生じた言語学の安定した概念、構文論、意味論、語用論のすべてが基底文と交差対立に集中して見られる。

 

 注)本書の<「は」と「が」の交差対立>の理論にとって、先駆的指摘を行った大槻「はとがのつかいわけ」は、「は」と「が」の相互の「相手の領域への侵入」によって、文の「意味構造が変化」すると述べている。大槻は、この作用は、「伝達的修正」によって機能しなくなると考えた。わたしの見解では、機能しなくなるどころか、「交差」によって生じる有標化含意付与のひとつが、伝達的含意にも貢献するという認識である。「は」による「取り立て」も、「交差」による有標化を前提として、この前提に一貫して依拠する可能性はまだ試されていない。(注おわり)

 

 前節の基底文モデル文の分析から分かるのは、文の「基底レベル」といえども、その中の「は」「が」は、多機能であり、何らかの単一の本質によって把握可能な機能を担うものではないということである。文の「基底レベル」は、状況条件(現場にあるものやひと、受信者と発信者の状況)、談話文脈条件(現場を離れた会話などによって構成される文脈)を捨象してみても、それなりに複合的である。

 このような文の背後ではたらく「見えない機能・聞こえない機能」(命題内容の区別:事態(出来事)か定性関係か、および認識様態の区別:直観か判断か)の機能分析から、「見える形態素・聞こえる形態素」(「は」か「が」か)の一見単純に思われる複合的機能を腑分けする分析を遂行する。

 

 注)脳科学に対応する言語現象としては、言語運用の基盤となり、意識的な言語活動を、下から支持する認知に依存する言語の相互関係においては、「が」と直観の関係は、直接的で自明な関係である。これに対し、「は」と「判断」の関係は、「は」が抑制的にはたらき、直観的文の生成を抑制し、描写的叙述を判断的叙述に移行させているという想定が成立するかもしれない。

 この「判断」による「直観」の抑制は、大脳皮質の情報処理機能と関連があるだろう。直観命題に対し判断命題は、目の前に存在するある対象に関する出来事から離れた既存の認知対象相互の関係付けであるから、行動との結びつきは抑制的に働くと想定して良いだろう。

 日本語では、「が」に代わって文を有標化する場合の「は」は、直観の再認という側面を示すが、「事態・直観文」の「が」から「は」への交代は、抑制的である。この想定は、本書で扱う範囲を超えている。これに関連のある日本語学の先行研究で示唆的なのは尾上の提起した「は」の機能に「二分結合」機能を認める把握である。(注おわり)

 

 繰り返すが、「基底文」は、文機能の最小単位であり、「基底文モデル」は、多様に展開するあらゆる日本語文の原基的形態のモデルとみなすことができる。したがって「基底文」の構成要素の機能と、それを土台として初めて機能する、より高次の機能を明確に分けることにより、日本語文法理論全体の体系的関連の理解に寄与するだろう。

 次の節以降、基底文の有標化に当てはまる候補として、典型的な文を取り上げて、分析を加える。

 研究者の間では周知のことだが、述語の品詞と文のタイプとは必ずしも一致しない。したがって、最終段階では厳密に意味タイプによって基底文の二元論の文を分類し、理論の体型的整合性を保つ。次の表2は、品詞だけで決められないずれを考慮し、述語の下位区分をより厳密にしたものである。