tadashi's blog

私は在野の研究者です。日本語教師をしながら、日本語の「は」「が」の使い分けを解明する理論に至りました。それから、この理論を文法基礎理論として体系化し、また、それらを裏付ける哲学的かつ科学的に裏付けの研究に進みました。

「記述文法」と「実用文法」という文法理論の区別から生じる問題について

わたしは、文法理論を構成する研究態度としての「記述文法」に加え、実際に研究対象である言語を運用する人(ネイティヴ使用者・第2言語として学習する使用者)にとっての「運用実態との整合性」も考慮に入れるべきであると考える。

「は」と「が」の使い分けは実際に生じている文法現象であるから、この現象の解明ををどこに位置付けるのかという課題に答える根拠を与えるためである。

「記述文法」という研究態度の枠組みは、「規範文法」が学校での教育という実用性に重きを置き、形式文法=学校文法と呼ばれ、実際に一般の言語使用者の言語運用実態との乖離がはなはだしく説明力を欠き、言語の実態からも離れていることへの批判から生まれたものと解する。

 だから「記述文法」は、言語現象の事実性に立脚した実証的科学としての理論的態度をモットーとし、例文の収集と分析を通じて、日本語の仕組みに関する理論的解析とを積み重ね、さらに、体系的理論の構築にいそしんできた。私としてもそこまでに関し、異論はない。

問題は「記述文法」研究が一旦構築した具体的な体系的理論の妥当性の検討、再検討が必要である。私の観点からして現状はあまり生産的ではない。そのことを端的に示す未解決課題が「はとがの使い分け」である。「記述文法」が出発時に批判した言語実態との乖離がここに認められる。また、非研究者が知れば意外に思うほど長い停滞の原因には、「記述文法」でないものを「記述文法」の成果として理論的枠組みに使用して続けていることがないか検討すべきである。